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横浜地方裁判所 昭和41年(ワ)285号 判決 1966年12月22日

原告 小林トシ

右訴訟代理人弁護士 斉藤尚志

被告 伊藤六士

右訴訟代理人弁護士 森英雄

右訴訟復代理人弁護士 高橋秀夫

同 長谷川昇

主文

被告は原告に対し原告より別紙目録記載の約束手形二通の返還を受けるのと引換に金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年一一月一一日以降右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り原告において金二〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年一一月一一日以降右完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は被告に対し昭和三九年五月九日金三、五〇〇、〇〇〇円を弁済期内金一、〇〇〇、〇〇〇円については同年一一月五日、内金一、〇〇〇、〇〇〇円については同月一〇日、内金一、五〇〇〇円については同月二〇日の約定で利息の定めなく貸与した。(以下この貸金を本件貸金という)しかるに被告は原告に対し本件貸金のうち弁済期を同年一一月二〇日とする内金一、五〇〇、〇〇〇円については右弁済期に返済したが、その余の金二、〇〇〇、〇〇〇円については各弁済期を徒過して支払をしない。

二、よって、原告は被告に対し本件貸金残金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する遅い弁済期の翌日である昭和三九年一一月一一日以降右完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及んだ。

と述べ、

三、被告主張の二の抗弁事実中本件貸金債権につき原告が訴外有坂登志彦を通じ被告より本件各手形及び金額一、五〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三九年一一月二〇日なる約束手形一通の裏書譲渡を受けたことはあるが、右裏書譲渡は本件貸金債権を担保するためになされた。訴外鷹取建設株式会社が倒産したことは知らないが、被告は原告に対し訴外有坂登志彦を通じて右三通の手形の支払期日には借用金全部を現金で持参するから取立にまわすのは待ってくれと懇請するので、原告は支払呈示をしないでいたところ、本件貸金のうち弁済期を昭和三九年一一月五日とする内金一、〇〇〇、〇〇〇円と弁済期を同月一〇日とする内金一、〇〇〇、〇〇〇円合計金二、〇〇〇、〇〇〇円については一日延ばしに延ばすのみであったので遂に支払呈示期間を徒過してしまい、同月一八日になってシビレを切らして振込んだ。そして同月二〇日を弁済期とする内金一、五〇〇、〇〇〇円の支払のため交付された金額一、五〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三九年一一月二〇日の約束手形一通は右支払期日に決済され、内金一、五〇〇、〇〇〇円は弁済された。なお本件各手形は呈示期間経過後に呈示されたとして返却されたが、未だ時効が完成していないから、法律上権利実現の方法がないとはいえない。

従って、原因債権である本件貸金債権が当然消滅することはあり得ないし、被告が金二、〇〇〇、〇〇〇円の損害賠償債権を取得するいわれはない。

と述べ、

証拠として<省略>。

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張の一の事実は否認する。同二は争う。

二、抗弁として仮に原告が被告に対し本件貸金債権を有するとするも、被告は本件貸金債権の弁済のため別紙目録記載の二通の約束手形(以下本件各手形という)及び金額一、五〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三九年一一月一五日その他の手形要件は本件各手形と同じ約束手形一通計三通を原告に裏書譲渡したから、原告は先ず本件各手形によって弁済を得るよう努めるべきでありこれによって現実の弁済を得るときは既存の本件貸金債権は消滅するという関係にあった。

(一)  原告が本件各手形を各支払期日に支払場所において呈示していたならば本件各手形の支払を受け得られたことは本件各手形(甲第二号証の一、二)の各附箋の記載により明らかであるところ、原告はこれを怠った。ところで現在においては本件各手形の振出人である訴外鷹取建設株式会社は既に倒産しているので、仮に被告が原告から本件各手形の返還を受け、同訴外会社に対し本件各手形の支払を請求しても支払を受けられず、手形上の権利の実現をなし得ない実情にある。このような場合には

(1)  原因関係上の既存債権は当然消滅するものというべきであるから、本件貸金債権は消滅した。

(2)  仮に本件貸金債権は消滅しないとすれば被告は本件各手形金額と同額の合計金二、〇〇〇、〇〇〇円の損害を被ったから、原告に対し同額の損害賠償債権を有する。そこで被告は原告に対し本訴において右損害賠償債権を以て本件貸金債権と対当額で相殺する意思表示をする。

(二)  また既存債権である本件貸金債権の支払は本件各手形の返還と同時になさるべきであるから、被告は同時履行の抗弁を以てこれに対抗することができる。

(三)  更に本件各手形の呈示がなされない限り、被告は本件貸金債権につき履行遅滞におちいることはないから、原告が本件各手形のうち遅い支払期日の翌日から遅延損害金の支払を求めるのは失当である。

三、原告の主張三の事実は否認する。

と述べ、

証拠として<以下省略>。

理由

成立に争いのない甲第一号証、各第三裏書欄原告名義部分は原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認めるべく、各その他の部分は成立に争いのない甲第二号証の一、二、証人有坂登志彦の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三九年五月九日実兄訴外有坂登志彦を代理人として被告に対し金三、五〇〇、〇〇〇円を弁済期内金一、〇〇〇、〇〇〇円については同年一一月五日、内金一、〇〇〇、〇〇〇円については同月一〇日、内金一、五〇〇、〇〇〇円については同月二〇日の約定で、利息の定めなく貸与したことが認められ、右認定に反する被告本人尋問の結果は前掲各証拠と対照したやすく措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。そして被告が原告に対し本件貸金のうち弁済期を昭和三九年一一月二〇日とする内金一、五〇〇、〇〇〇円の支払をしたことは原告の自認するところである。

そこで被告の抗弁について判断する。

前顕証人有坂登志彦の証言によれば被告は本件貸金債権につき本件手形及び金額一、五〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和三九年一一月二〇日なる約束手形一通計三通を原告に裏書譲渡したことが明らかであるので、右三通の手形は当事者間に別段の合意のあったことの認められない本件においては、原因債権即ち本件貸金債権の弁済のために授受されたものと認めるを相当とする。原告は右三通の手形は本件貸金債権を担保するため授受されたと主張するが、その証拠がない。ところでこのように手形が原因債権の弁済のため授受され殊に交付された手形の振出人が本件各手形のように原因関係上の債務者以外の者である場合には当事者の意思としては債権者は先ず手形上の権利を行使するにあると解すべきである。しかし前顕証人有坂登志彦の証言によれば被告は原告代理人訴外有坂登志彦に対し本件各手形を含む前記三通の手形の支払場所である横須賀信用金庫追浜支店には普通預金の口座しかなく、右各手形は信用金庫には無断で発行されているから右各手形を振込まれると信用を落す。現金を持参するから絶対振込まないでくれと要求したので、原告代理人有坂登志彦はこれを承諾し本件各手形を振込まないでいたところ、被告は各支払期日が到来するも本件各手形の支払をしなかったので、同代理人は本件各手形を支払呈示期間経過後に、他の一通の手形を支払期日にそれぞれ支払場所に呈示して支払を求めたところ、他の一通の手形は決済されその原因債権となる本件貸金債権のうち弁済期を昭和三九年一一月二〇日とする内金一、五〇〇、〇〇〇円は弁済期に支払われたことになったが、本件各手形は預金残高はあるが呈示期間経過後の理由で支払が拒絶されたので、その原因債権となる本件貸金債権のうち弁済期を昭和三九年一一月五日とする内金一、〇〇〇、〇〇〇円と同月一〇日を弁済期とする内金一、〇〇〇、〇〇〇円は支払われなかったことが認めれらる。右認定に反する被告本人尋問の結果は前顕証人有坂登志彦の証言と対照しにわかに措信し難く、他に右認定の妨げとなる証拠はない。そうすると原告が本件各手形につき適法な権利行使の手続をとらなかったことは原因債権の債務者である被告の要求によるものであるから、被告の主張するように本件各手形の振出人である訴外鷹取建設株式会社が既に倒産し被告が原告から本件各手形の返還を受け同訴外会社に対し本件各手形の支払請求をするもその支払を受けることができないとするも、原因債権である本件貸金債権が当然消滅するものと解すべきいわれは全くないし、また被告が同訴外会社より本件各手形の支払を受けることができないことにより手形金額相当の損害を被ったものとするも、右損害は原告の責に帰すべき事由によるものではないから、原告に賠償責任はなく、更に本件各手形の違法な呈示がなされなかったのは現金を持参するから振込まないでくれとの被告の要求に原告が応じたことによるものであることは前認定のとおりであるから、このような場合には原因債権である本件貸金債権については被告はその弁済期に手形金又は貸金の支払をしないことにより以後履行遅滞におちいるものというべきである。従って被告の抗弁のうち(一)及び(三)はその理由がない。しかし原因債権の支払のため手形が授受された場合には原因債権の債務者は原因債権の支払を求められたとき手形の返還と引換でなければこれが支払を拒むことができると解するのを相当とするから、被告主張の(二)の抗弁は理由がある。

以上の次第であるから、被告は原告に対し本件各手形の返還と引換に本件貸金残金二、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する遅い弁済期の翌日である昭和三九年一一月一一日以降右完済に至る迄民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務があるものというべく、原告の本訴請求は右の限度において正当としてこれを認容し、右の限度を超える部分は失当としてこれを棄却すべきである。よって、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条但書を、担保を条件とする仮執行宣言について同法第一九六条を各適用し、主文のとおり、判決する。

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